THE MOUNTAIN CODE 100 山で死なない基礎知識 / 3章:トレイルランナーへの提言

3-4. トレイルランナーと熊|「スピード」が“遭遇”を“事故”に変える

 

 MA-SAN
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こんにちは、MA-SANです!
トレイルランニングは、自然と一体になる素晴らしいアクティビティです。
しかし、その「スピード」が、時として森の住人に対する“突然の侵入者”となってしまう危険性を、私たちはどれだけ自覚できているでしょうか?
近年、熊による事故のニュースが後を絶ちません。「熊鈴をつけていれば大丈夫」という、かつての常識が通用しなくなりつつある今、特にトレイルランナーは、自らの行動が招きうる特有のリスクを深く理解する必要があります。
今回は、なぜ熊との遭遇が事故に繋がりやすくなっているのか、そして私たちの命を守るための新たな常識についてお話しします。

なぜ、「熊鈴だけで安心」の時代は終わったのか?

私は仕事柄、山中での作業も多く、毎年3〜4回は熊に遭遇します。しかし、幸いにも一度も襲われたことはありません。これは、私が常に熊との「適切な距離感」と「遭遇しないための工夫」を意識しているからです。

本州に生息するツキノワグマが人を襲うのは、主に「子グマを守るため」あるいは「不意の遭遇によるパニック」といった防御的な理由がほとんどです。しかし、近年その前提が崩れつつあります。

奥多摩で熊を専門に研究されている東京農業大学の山﨑晃司教授も指摘するように、近年、人を恐れない熊が増えています。原因は複合的です。猛暑による餌不足、広葉樹が枯れる「ナラ枯れ」現象、そして保護による個体数の増加。これらの要因が重なり、熊は人里近くまで餌を求めて降りてこざるを得なくなっているのです。

「熊鈴を鳴らす」「複数人で行動する」といった従来の対策は、“熊が人間を避けてくれる”という前提の上に成り立っていました。しかし、子育てや食糧探しに必死な、人を恐れない個体にとって、熊鈴の音はもはや十分な警告音にはなり得ないのです。

事例:羅臼岳ヒグマ死亡事故が示す、トレイルランナー特有のリスク

この変化した状況下で、トレイルランナーが持つ「スピード」は、致命的なリスクとなり得ます。その悲劇的な実例が、北海道・羅臼岳で発生したヒグマによる死亡事故です。

被害者の男性は、トレイルランニング中だったと見られています。走力の差から同行者と200mほど離れ、単独で下山していた際、道幅が狭く見通しの悪いカーブで母グマと至近距離で遭遇し、襲われてしまいました。彼は熊鈴を携帯していましたが、走るスピードが、熊が音を察知して身を隠すための反応時間を上回ってしまった可能性が高いのです。


地図で見ると幅のそれほど広くない尾根、かつ下り勾配がそれなりにきつそう。

 

北海道大学の下鶴倫人准教授は、熊の習性について警鐘を鳴らしています。熊はネコ科の動物のように、**「突然、視界に現れた動くものに反射的に反応する習性」**を持っています。つまり、熊にとって、カーブの先から猛スピードで突然現れるトレイルランナーは、獲物や、我が子を襲う敵と誤認され、攻撃の対象に見えてしまう可能性があるのです。

ツキノワグマはヒグマよりは温厚とされますが、この「不意の遭遇」と「防御本能」のメカニズムは同じです。スピードが速ければ速いほど、見通しが悪ければ悪いほど、遭遇は事故へと直結しやすくなります。

「遭遇しない」ための技術:音とスプレーの正しい使い方

では、私たちはどうすれば良いのでしょうか。最も現実的で効果的な対策は、**「遭遇しないこと」**に全力を尽くすことです。そのための具体的な技術と道具を紹介します。

①「意図して鳴らす音」で、こちらの存在を明確に知らせる

チリンチリンと鳴り続ける熊鈴よりも、見通しの悪い場所の手前で「今から人間が通りますよ!」と、意図的に、そして指向性を持って鳴らす音の方が、熊への警告効果は高いと考えられます。私がお勧めするのは、鉄道の現場などで使われる、甲高い電子音が出る電子ホイッスルです。これなら、必要な場面で、熊の耳に届きやすい強力な音を発することができます。

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② 熊スプレーは「最後の砦」。しかし、そのリスクも知る

熊スプレーは、正しく使えば非常に有効な護身具です。しかし、その強力な刺激物は、自分自身にも危険を及ぼす諸刃の剣です。実際に、私の知人はかがんだ際にスプレーを誤射し、自身の腹部に酷い化学熱傷を負いました。

もし携行するなら、誤射を防ぐための**専用の硬いケース(ホルスター)**に収納することを強く推奨します。そして、いざという時に冷静に使えるよう、事前に使用方法を動画などで繰り返し確認し、風向きなどを考慮した実践的な使い方を頭に叩き込んでおく必要があります。

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まとめ:【CODE 3-4】自然の住人への敬意こそが、最高の護身術である

私たちは、山という熊たちのテリトリーにお邪魔させてもらっている、という謙虚な気持ちを忘れてはいけません。私たちの爽快感やタイムが、彼らの平穏な生活を脅かし、悲劇的な事故を招くことがあってはならないのです。

CODE 3-4: トレイルランナーは、自らの「スピード」が、野生動物にとっては「奇襲」となり得ることを自覚せよ。自然の中で最優先されるべきは記録や爽快感ではなく、そこに住まう動物たちとの共存である。

CODE 1:【減速】見通しの悪い場所では、必ず歩くスピードまで落とせ。

カーブの手前、沢筋、笹薮など、視界が効かない場所は全て「熊がいるかもしれない」危険地帯です。そうした場所では、必ずスピードを歩行レベルまで落とし、周囲を警戒してください。あなたのスピードこそが、最大のリスク要因です。

CODE 2:【発信】意図的に、そして遠くまで聞こえる音で、自らの存在を知らせよ。

熊鈴を過信してはいけません。危険地帯に入る前には、電子ホイッスルや声、拍手など、意図的で大きな音を発し、「これから人間が通る」ということを、森の住人に明確に知らせてください。それは彼らの家にお邪魔する際の、最低限のマナーです。

CODE 3:【情報】熊の目撃情報を常に確認し、危険な山域には近づくな。

最も確実な対策は、危険な場所に近づかないことです。入山前には、必ず地元の自治体やビジターセンターのウェブサイトで、最新の熊の目撃情報を確認してください。「熊、出没注意」の看板がある山域には、単独ではもちろん、グループでも入山を控えるのが賢明な判断です。

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