THE MOUNTAIN CODE 100 山で死なない基礎知識 / 未分類

0-8. 参加者に伝えるべき装備と行動ルール

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イベントや練習会を主催するリーダーの最大の責任は、何だと思いますか?それは「参加者全員を、無事に家に帰すこと」です。楽しい思い出や技術の向上は、その大前提があって初めて成り立つものです。

今回は、その最大の責任を果たすために「主催者・リーダーが参加者に徹底させるべき装備と行動ルール」について、救助現場の視点から具体的にお話しします。あなたの「徹底」が、誰かの命を救うことになるかもしれません。

「楽しい練習会」が一転、救助要請に至った夜

これは、ある企業が主催した、社員向けの小規模なトレイルランニング練習会で実際に起きた事例です。リーダーは登山経験豊富なAさん。参加者は、ベテランから初心者まで様々でした。

当日の朝、Aさんは簡単なブリーフィングを行いました。「今日は楽しみましょう!でも、無理はしないでくださいね」と。しかし、参加者一人ひとりの装備を厳密にチェックすることまではしませんでした。これが、最初の綻びでした。

山行が始まると、経験豊富な参加者Bさんは、快調なペースでどんどん先行していきます。一方、初心者のCさんは、そのペースに必死でついていこうとしますが、徐々に遅れ始めました。

問題が起きたのは、下山時です。先行していたBさんは、分岐で後続を待たずにマイナーなルートを選択。それに気づかず、遅れていたCさんも、「なんとなくこちらだろう」と、薄暗い道へと足を踏み入れてしまいました。

やがてCさんは道に迷い、焦りから足を滑らせて転倒、足首を捻挫してしまいます。日没が迫り、気温も下がってきました。しかし、Cさんのザックには、十分な光量のあるヘッドライトも、体を温めるエマージェンシーブランケットも入っていませんでした。「日帰りの練習会だから大丈夫だろう」と、装備を省略していたのです。

リーダーのAさんがCさんの不在に気づいた時、パーティーはすでに混乱状態でした。先行したBさんの行方も分からず、誰がどこにいるのかさえ把握できない。やむを得ずAさんは、携帯電話で救助を要請しました。

幸い、CさんもBさんも大事には至りませんでしたが、簡単な練習会は、救助隊が出動する遭難事故へと変わってしまいました。この事故は、防げなかったのでしょうか?いいえ、事前の「仕組み」と「徹底」があれば、100%防げた事故です。

なぜルールは守られないのか?リーダーが陥る「心の罠」

この事例では、いくつかのルール違反が重なっています。

  • 装備の不備: Cさんのヘッドライト、防寒具の欠如
  • 単独行動: 先行したBさんの行動
  • パーティーの分離: リーダーが全体の把握を怠った

なぜ、このようなことが起きるのでしょうか。それは、主催者と参加者の双方に、特有の「心の罠」があるからです。

  • 主催者側の「性善説」:「みんな大人だから、自分のことは自分でやるだろう」「厳しく言い過ぎて、場の雰囲気を壊したくない」という、根拠のない期待や配慮。
  • 参加者側の「他人任せ」:「リーダーがいるから大丈夫だろう」「誰かが持っているだろう」という、責任の分散。
  • 経験者の「過信」:「自分はベテランだから、この程度のコースなら軽装備で十分だ」という、慢心。

楽しいイベントにしたいという気持ちは分かります。しかし、山においては、その気持ちが安全意識を麻痺させ、事故の引き金となるのです。

全員を無事に帰すための「リーダーズ・コード」

リーダーは、性善説や甘えを捨て、「仕組み」として安全を管理しなければなりません。そのために、あなたが徹底すべき3つの行動規範、「リーダーズ・コード」を提案します。

CODE 1:「性善説」を捨て、仕組みで縛る

「持ってきてね」とお願いするだけでは不十分です。「持っているか、その場で確認する」までがリーダーの仕事です。参加者の安全は、性善説ではなく、具体的な仕組みによって担保してください。

  1. 必須装備リストの事前通知:「推奨」ではなく「必須」として、具体的な装備リストを事前に全員へ通知します。
  2. 朝の「強制装備チェック」: 朝のブリーフィングで、必須装備を一つひとつ全員でザックから出して確認します。「ヘッドライトは?」「レインウェアは?」と指さし確認させましょう。ペアを組んで相互チェックさせるのも有効です。
  3. 「不備=参加不可」の原則: これは最も重要です。「必須装備がない場合は、残念ながら参加できません」と、最初に明確に宣言し、実際にそのルールを徹底する覚悟を持ってください。その厳しい姿勢が、最終的に全員の命を守ります。

CODE 2:行動ルールは「宣言」させ、役割を明確にする

ルールは、一方的に伝えるだけでは記憶に残りません。参加者自身の口から言わせ、役割を与えることで、「自分ごと」として意識させることが重要です。

  1. ブリーフィングでの問答:「もし道に迷ったら、最初に何をしますか?(答え:その場で止まる)」「仲間とはぐれたら、どうしますか?(答え:大声で呼ぶ、ホイッスルを吹く)」など、重要なルールを質問形式で確認し、全員に答えさせます。
  2. 役割の任命: リーダーだけでなく、「サブリーダー(リーダーを補佐し、中間層をケアする)」「スイーパー(最後尾につき、誰も遅れていないか確認する)」といった役割を明確に任命します。役割を与えられることで、責任感が生まれます。
  3. 具体的な行動ルールの共有:「分岐では必ず全員が揃うまで待つ」「体調不良や装備のトラブルは、どんな些細なことでもすぐにリーダーに報告する」など、シンプルで具体的なルールを共有・徹底します。

CODE 3:「チームの装備」という命綱を用意する

個人の装備チェックを徹底した上で、さらにチーム全体で共有する「共通装備」を用意しておくことで、安全マージンは格段に上がります。これは、万が一の事態に備える「命綱」です。

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  • 通信機器:携帯電話の電波が届かない場所に備え、衛星電話や無線機(アマチュア無線など)をリーダーが携行する。
  • その他:ホイッスル、ケミカルライト、細引きロープなど。
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これらの装備は、リーダーが「誰かが使うかもしれない」と想定し、準備しておくべきものです。

最後に

安全は、準備の積み重ねでしか得られません。主催者やリーダーの役割は、楽しい山行を計画すること以上に、起こりうる最悪の事態を想定し、それを防ぐための仕組みを考え、徹底することにあります。

「備えてきた人が助かる」
それが山の世界の現実です。

主催者も参加者も、全員が同じ方向を向いて、安全への意識を共有していく。その文化をあなたのチームに根付かせてください。あなたの「徹底」が、全員の「無事」を作るのです。

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