ヤマで死なないサバイバルエッセンス / 未分類

0-2. コース設定の落とし穴 ー 走力、構造、配慮不足が招く危機

 MA-SAN
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私は登山ガイドの資格を持っていて、ガイドには必要なルートセッティングなどを頻繁に行います。
また、山岳救助活動などが入電した場合は、目的地を決め、そこまでの到達距離、必要な機材(ライト、ビバーク器材、水がほとんどないから多めに、本日は暑いから塩多めに)などを瞬時に決定しています。
しかし、山岳ガイド歴が長く過去の経験などに頼りがちな人、逆にガイド力が浅く経験の少ない人、またはトレイルランで好成績を収め自分に自信を持っていてかつ、周囲からも認められているような人の中には、山での地図読み、知識不足や危険察知能力、そもそも山で生き残るサバイバル経験的なものが充分でない主催者も多いと感じています。
そのような方が、ただ距離と累積標高だけを考え、ルートセッティングするとどうなるでしょうか?
今回は、ルートセッティングのピットフォールについて書いていきます。

「速い人についていけない」―見落とされた体力差

イベントや練習会には、さまざまな体力・経験の参加者が集まります。
このとき、一番速い人と一番遅い人が、同じ時間・同じコースで、同じチームとして動くと何が起きるでしょうか?

結果として、遅い人はどんどん引き離され、焦りと疲労が増し、最悪の場合は脱落します。
主催者自身が先頭に立って走ってしまうと、後方の状況に気づくのが遅れ、リスク管理が崩れてしまいます。

対策:
例えば、序盤に速い人に林道などを往復させて時間や累積標高を稼がせることで、自然とペース差を調整できます。
その間に、先に進んだ遅めのグループに後から合流できる構成にすれば、早いチームが遅いチームに追いつくまでそれぞれに緊張感が生まれます。さらに最後は全員でゴールし、温泉や食事を一緒に楽しむという理想的な締め方も可能です。
こうした「リズムあるコース設計」が、全員が満足できる練習会づくりの鍵になります。

「一度下らせて、また登らせる」ルート構成の罠

コース中盤で駅や登山口など“ゴール感のある場所”に一度下ろしてしまうと、
「下山=終わり」という心理が働き、緊張感が一気に緩みます。本能的に標高が高いところから低いところに降りてきた場合、何もない山の中から、飲み物、食べ物、安心できる施設があるような街中に一度降りた場合など、本能的に安心感を感じてしまう場合は特に顕著です。

特に走力が不足していて、1度安心してしまったような参加者にはより顕著に、かつ、本能的に、この傾向が現れます。

その状態で再び登りに入ると、集中力が切れた状態での行動となり、転倒・体調不良・道迷いのリスクが一気に上昇します。

対策:
この構成は音楽で言えば、一度フィナーレを迎えたのに、もう一度演奏が始まってしまうようなものでしょう。自分の中で盛り上がってしまった。「よく頑張った」的な思は、自然と生まれてしまうものです。

参加者の気持ちが下山で終わってしまった後、再び「頑張ろう」というモチベーションを持つのは非常に難しいのです。
下りはゴールとセットにするか、かなり序盤で、明らかに疲労が蓄積する前のタイムトライアルなどのゲーム性を持たせたものなどの工夫が必要です。

再度、高度を上げていくのが必要な場合はそれとわかる導線設計中間地点での声かけ・補給など、気持ちのリセットを意識する必要があります。

「トイレがない」=離脱のリスク

女性参加者が多いイベントで、トイレが確保できないルートを選んでしまうと、
「トイレに行くために一時的に列を離れる」という行動が、遭難のきっかけになることがあります。

過去ピオレドール賞を受賞したような有名な女性登山家も男性との登山で少し離れてお手洗いに行こうとしたところ、大きく滑落して命を落としてしまったような事故は誰しも知っている有名な事故です。

対策:
10kmに1回以上はトイレのあるポイントを必ず設ける
そのタイミングで補給や休憩をセットで実施することで、トイレ離脱による孤立リスクも軽減できます。
また、事前にルート説明の中で「トイレは次の○○までないですよ。必ず済ませておきましょう。少し長めに休憩を取りますから安心してください!」などの案内をすることも参加者の安心材料になります。

まとめ:コースを決める前に、人の流れと気持ちの流れを想像する

どんなに安全に見える道でも、「誰が・どう動くか・どこで気持ちが切れるか」まで想像できなければ、
それは落とし穴だらけのルートになります。

コース設定とは、登れるかどうかではなく、全員が安全に帰ってこられるかどうか。
体力差への配慮、気持ちの流れを壊さない構成、そして参加者の自然な生理的ニーズを想定すること。
一歩先を読む主催者の目線が、事故を防ぎ、信頼されるイベントづくりにつながります。

なぜそう言い切れるかって?

私が15年間の山岳救助で得たもの、どれもがこのどれかに引っかかっているからです。

 

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