THE MOUNTAIN CODE 100 山で死なない基礎知識 / 未分類

0-7. 主催者の安全対策は“表に出ない工夫”が9割

 MA-SAN
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山で行われるトレイルランニングレースの安全対策というと、どうしても「派手な装備」や「万が一の救護体制」ばかりが話題になります。
けれど本当に事故を防いでいるのは、見えない工夫の積み重ね。
今回は、表に出ない“安全の仕掛け”について深掘りしていきます。

安全設計は「コース設計」から始まっている

レース主催者が最初に行う安全対策は、「このコースで人が安全に走れるのか?」を検証することから始まります。

これは単なる距離や標高ではなく、万が一の際のエスケープルートの有無や、悪天候時のリスク回避性も含めての話です。

たとえば、山頂直下の細い稜線があったとして、そこを通過させるのか、あるいは迂回させるのかは、主催者の判断にかかっています。「山を全部走らせればいい」という単純な話ではないのです。

“想定外”をなくすために主催者がしていること

安全とは、
「すべてのリスクを把握し、それに対して手を打っている状態」
を指します。
つまり“想定外”があるうちは安全とは言えません。

主催者は実際に山を歩き、走り、地図を引き直し、天候と時間帯ごとの参加者の通過予想時間を作り、給水ポイントの水量を確保し、すべてのポイントで「何が起きるか」を事前に想像し尽くしているのです。

その上で、マーシャル(安全員)を配置したり、チェックポイントに人を置いたり、ドロップバッグの場所を決めたりといった“見える部分”が形になっていきます。

何も起きなかったことが「成功」の証

多くの参加者は、レースを走ってゴールして「楽しかった!」で終わります。
そしてそれが最も理想的な形です。

けれど、その裏で何十人ものスタッフが、山中でずっと見守っていたことを知っている人は少ないでしょう。

誰も使わなかった担架、
必要なかった医療スタッフ、
歩荷されて結局余った水……。

けれど、それで良いのです。
何も使われず、誰も助けを必要とせず終わることこそが、安全設計の正解なのです。

「判断をしなくていいコース設計」という考え方

ある大会では、あえて分岐を避けたコース設計をしています。
それは、夜間や疲労時に「判断が必要な場面」を減らすためです。

例えば、「この道で合ってるかな?」と感じるような分岐があると、参加者は迷い、進むべきか止まるべきか判断を迫られます。
そして、判断ミスが事故に直結します。

そのため、主催者はわざわざ遠回りになっても「迷いようのない一本道」を選ぶのです。
これもまた、レース中には気づかれない“見えない安全”のひとつです。

見えない努力を理解してもらうには

近年はSNSの影響もあり、「派手さ」や「話題性」を求める大会も増えてきました。

けれど、本当に事故を減らしたいのであれば、主催者自身が「派手にしない努力」をすることも必要です。

それと同時に、参加者やボランティアに対して「なぜこういう運営なのか」という説明も大切です。
エスケープルートの存在、関門の意味、装備義務の理由……。

安全とは“共有”されて初めて力を持つのです。

事故を未然に防いだ話は、表に出ない

レース中に誰かが低体温で倒れかけたとき、たまたま近くにいたスタッフが気づいてブランケットを渡した。
体調不良を訴えた参加者をすぐリタイア誘導できた。

こうした出来事は、多くの場合ニュースにもなりません。

でも、それこそが“本物の安全対策”の成果なのです。

事故にならなかったことで、誰にも語られない。
そんな“成功”を、私たちはもっと知るべきではないでしょうか。

最後に──「失敗から学ぶ」だけでなく「成功を分析する」

事故が起きたときは、みんな原因を追究します。

でも、事故が起きなかったときに「なぜ無事だったか?」を考える機会はあまりありません。

だからこそ、「無事に終わった大会」からも学びを得ることが、今後の安全につながります。

主催者の経験、選手との共有、地元との関係性、すべてが安全の土台になっているのです。

安全とは、すべてが終わった後に「何もなかった」と言えるための準備。

それは、誰にも気づかれなくて良い、誰にも知られなくて良いのです。

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