
トレイルランや登山を仲間と楽しむことは、孤独な山行にはない安心感と楽しさがあります。
しかし、チームで山に入るからこそ生じるリスクや油断もまた存在します。
今回の記事では、チーム行動の中で起こりうるトラブルや危機、そしてその対策について、実際の事例を交えて解説します。
なぜ「チーム行動」こそ気をつけるべきか
一人で山に入ることに比べ、チームで行動することで気が緩みやすくなります。
仲間がいるから何とかなる、という「集団の錯覚」が働き、判断力が鈍ることがあります。
特にリーダー格の人物に依存しすぎると、他のメンバーは地図も見ず、装備の確認もせず、準備不足のまま行動を開始することになります。
事例:リーダーだけがルートを知っていた山行
ある夏の日、トレイルランチームが15人で奥多摩の山に入りました。
ルートはリーダー役の男性が熟知しており、他のメンバーはその人の後をついて行くだけの状態でした。
しかし途中、リーダーが先行して下りの沢筋に入り、他のメンバーが見失います。
待てど暮らせど戻ってこないため、後続のメンバーが下山を試みるも、地図もGPSも見ていなかったため現在地が分からず、結果として警察に救助を要請する事態となりました。
リーダーは誤った道を選び、その先の沢筋で大きく転落、2日後に救出されましたが、かなりの大ケガを負っていました。
この事例の教訓は明確です。「リーダーだけが把握している山行計画は、もはやチーム行動とは言えない」ということです。
集団心理が招く危機的判断
人は集団になると、個々の判断力が薄れ、「みんながそうしているから大丈夫だろう」と思い込む傾向があります。これを集団同調性バイアスと呼び、実際の山行でも多くの事故の背景にこの心理が潜んでいます。
例えば、先頭のメンバーが明らかに道を間違えていると気づいても、後続のメンバーは「自分が間違っているのでは?」と感じて黙ってしまい、結果として全員が迷い込むことがあります。
また、体調不良を感じていても「迷惑をかけたくない」「置いていかれたくない」という気持ちが勝ち、自ら発信せず無理をしてしまい、低体温症や脱水症状に発展するケースもあります。
集団心理の中では、「判断を委ねる安心感」と「声を上げにくい空気」が同時に存在します。
だからこそ、意識的に意見を言える雰囲気や、声をかけ合う文化をチーム内に作ることが、何よりのリスク対策になります。
分散のリスク──見失い、はぐれる
特にトレイルランでは、体力差によりチーム内でのペースにバラつきが出ます。
遅れた人が焦ってペースを上げたり、前に追いつこうとして道を誤ることも。
また、先行した人が道を間違えたまま進んでしまい、誰もそれに気づかないということもあります。
人数が多いほど“誰かが気づくだろう”という他人任せが起こりやすく、はぐれた人の発見が遅れます。
リーダーの責任──全員の状態を把握しているか?
チームで山に入る場合、リーダーの役割は多岐にわたります。
- 事前に全員の体力と技術を把握する
- ペース配分と休憩ポイントの設定
- 現在地の把握とルートの再確認
- トラブル発生時の対応計画(エスケープルート、連絡体制など)
また、リーダーが全てをやろうとせず、「地図係」「最後尾サポート」「ペースキーパー」などの役割を明確に分担することで、安全性は格段に高まります。
コミュニケーションが命を守る
「誰がどこにいるか」
「疲れていないか」
「水や補給は足りているか」
といった情報を、
お互いに声に出して確認し合うことが重要です。
特に後ろを走っている人が見えない距離まで離れた場合、必ず立ち止まって待つ。
これだけでも事故の多くは防げます。
また、無線機やIBUKI、ココヘリなどの通信手段を持って行動しましょう。
心理的な緩みが起こす悲劇
チームで山に入ると
「誰かが助けてくれる」
「誰かが判断してくれる」
という依存が生まれがちです。
これが極端な例になると、熱中症や低体温の症状が出ていても「大丈夫だろう」と自分で判断せず、無理して動いてしまい、結果として重症化することがあります。
主催者・引率者の視点
トレイルラン大会やグループ登山を主催する立場では、チームでの行動に対するリスクマネジメントが必須です。
- 試走会やイベントでは、先頭と最後尾の間に複数名のサポートを配置する
- チーム分けを行う際、リーダーや経験者を各班に配置する
- 事前のブリーフィングで、ルートの危険箇所や体調不良時の連絡方法を説明する
これらを徹底することで、事故やトラブルの多くは未然に防げます。
まとめ:チームで入るなら「安全の連鎖」を
仲間と山に入ることは楽しい反面、油断や責任の所在が曖昧になることで危険が潜みます。
それぞれが役割を持ち、リーダーをサポートし、互いに声を掛け合うことで、安全の連鎖を作っていきましょう。
「全員が地図を持ち、全員が判断できる」
──それが理想のチーム行動です。