
風のリスクは“見えない”からこそ、過小評価されがちです。
「晴れてるから大丈夫」「雨が降っていないから行ける」――
そう思って入った山で、風の存在がすべてを覆してくる。
今回は、風が引き起こすトラブルと、風を見誤ることの怖さについて書いていきます。
余裕がある時はぜひ風力計を持って行って体感と数値が一致するかを体感して欲しい!
実際に体験した「台風接近時の裏銀座縦走」
私自身、強風の怖さを実感したのは、裏銀座ルートを縦走したときでした。
その日はレース参加資格のために縦走距離を稼ぐ必要があり、天気は荒れると分かっていながら、強行。
台風の影響で稜線には暴風が吹き荒れ、前を向いて立つのも難しいほどの風圧でした。
晴れている時こそ風が強いのがアルプス
耳元で唸るような風音。まるでジェット機のような音が常に吹き付け、自分の声さえ一切かき消される。
とっさに風に背を向け、身をかがめ、稜線から外れてハイマツにしがみつくようにしゃがみ込んで耐えました。
谷から吹き上げる風は強い(烏帽子岳付近)
「これ以上進めば、マジで飛ばされる」――そんな感覚は、他の登山リスクとは全く別次元のものでした。
風が奪うのは「体温」と「判断力」
風が強いと、まず体温が急速に低下します。
風速1mで体感温度は1℃下がると言われています。風速10mでは10℃。
たとえ夏でも、稜線上の強風は低体温症の引き金になるのです。
そして、風は判断力までも鈍らせます。
立ち止まってレインウェアや防寒着を着ることすら困難。
ザックを開けると中の荷物が飛ばされそうになり、食料やヘッドライトすら取り出せない。
次第に焦りが募り、「引き返す判断」も遅れてしまう。
風は、静かに、確実に登山者を追い詰めていきます。
「風速10m」は予想以上に強い
- 5m/s:帽子が飛ばされそうになる、木々がざわつく
- 10m/s:体が揺れる、フラついてまっすぐ歩けなくなる
- 15m/s:立ち止まらないと歩けず、倒木の危険も出てくる
登山アプリや天気アプリで「風速10m以上」の表示が出ていたら、その日は稜線を避ける、もしくは登山を中止する判断が必要です。
実際の山では、地形の影響や吹き上げによって予想より強くなることも珍しくありません。
風に備える装備と心構え
風対策としては、防風性の高いアウターがまず重要。
ソフトシェルやハードシェルのレインウェアは、風を遮断する“壁”として機能します。
加えて、首・耳・手首などからの冷気侵入を防ぐために、
- ビーニー(耳まで隠れる帽子)
- ネックゲイター
- インナーグローブ
などをプラスすることで、体温の維持がしやすくなります。
また、「今日は風が強い」と分かっているなら、稜線に出る前に装備を整えておくことが大切です。
稜線上での着替えや装備変更は、それ自体がリスクになります。
まとめ:「風に耐えられないなら、登ってはいけない」
風は目に見えず、変化が急で、しかも一瞬で全てを奪っていきます。
道迷いでも、滑落でもなく、「風だけで行動不能になる」のが、山の怖さです。
予報の数字を甘く見ず、強風を想定した装備・心構えを常に持っておきましょう。
そして何より、「無理をしない。引き返す勇気を持つ」。
それが、風から命を守る唯一の方法です。