ヤマで死なないサバイバルエッセンス / 2章:天候とリスク管理

2-1. 雨の山で命を落とすパターン

 MA-SAN
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「雨だからやめた方がいいですよ」
そう言っても登ってしまう人は後を絶ちません。
私が実際に対応してきた遭難救助の現場でも、雨天のほうが圧倒的に遭難・救助の件数が多いという現実があります。

晴れた日よりも視界が悪く、道が滑りやすく、身体が濡れて体温が下がる。
道迷い、スリップ、転倒によるケガなどが重なり、動けなくなってしまった登山者の通報を、私は何度も受けてきました。
中には、ほんの軽い気持ちで登ったはずが、下山中に道を外し、怖くなって動けなくなってしまった――そんなケースも少なくありません。

雨の山は、「登れるかどうか」ではなく「帰ってこられるかどうか」が問われる場所
ここでは、その理由を具体的に解説していきます。

実際にあった「やめた方がいいのに登ってしまった」事例

ある日、雨が強くなる予報が出ていたため、登山口でグループ登山者に「今日はやめておいた方がいい」と声をかけました
ところが返ってきたのは、「せっかく来たので登ります」という返答。

最初は小雨で登りやすかったのか、彼らはそのまま登山を続行しました。

ところが予報通り、途中から雨は強くなり、気温も下がってきました。
グループは途中で引き返してきたものの、全身が濡れ切り、体が冷え切って動けなくなってしまった登山者が2名発生
彼らはその場で停滞し、同行者が小屋に救助を求めてきました。

ちょうど私はそのとき小屋に詰めていたため、替えの衣類や温かい飲み物を持って現場に向かい、無事に2人を小屋まで搬送することができました。
その後しばらくストーブで温まり、低体温症には至らずに済んだのは、不幸中の幸いでした。

 

「せっかく来たから登る」――その気持ちはよくわかります。
でも山では、その“せっかく”が命を削る判断になることがあるのです。
雨なら引き返す、また日を改める、ルートをエスケープしやすいものに変更する。――それも立派な登山者の判断力です。

視界が奪われ、音もかき消される

雨の日の登山で最も恐ろしいのは、周囲の状況がマスクされること

レインフードを被れば聴覚は塞がれ、強い雨音が頭の中を埋め尽くします。

ガス(霧)で視界も遮られ、目の前の分岐や看板、崩落箇所すら見逃しやすくなる。

こうして、普段なら気づくはずの危険に気づけず、「なんとなく進んでしまう」→「迷う」→「遭難」というパターンに陥りやすいのです。

体力を奪い、装備を機能不全にする

全身が濡れることで体温は想像以上に早く奪われていきます

濡れたザック、濡れた防寒着、濡れた手袋…。
一度濡れてしまうと「腰を下ろして休憩する」ことすらためらわれ、休めないまま歩き続け、低体温で倒れるケースが多数あります。

雨の日の山には、人がいない

雨の日は登山者自体が少なく、何かあったときに助けを求めにくい状況です。
誰かに通報してもらうこともできず、滑落や転倒が孤立に直結しやすくなります。

視界・音を奪われると、獣に近づきやすくなる

雨の日は獣(クマ・イノシシなど)が行動しやすくなるとも言われます。
霧や雨音でこちらの気配に気づかれず、また自分も相手に気づかず接近してしまうリスクが増大。


振り返ったらクマがいた。(北アルプス縦走時)

雨の中で遭遇した場合、逃げ道も確保しにくく、本来避けられるはずの危険が突如として眼前に現れるのです。

まとめ:雨の日は、すべてが見えなくなる

雨は単に「濡れる」だけの問題ではありません。
視界・聴覚・判断力・体力・装備――あらゆる要素がじわじわと削られていくのが、雨の山の本質です。

晴れの日とは全く別物として考えるべき。それが、雨の日の登山です。
「滑りやすいから気をつけよう」では甘すぎます。
「今日は雨だから、やめる、ルートを短くする」という選択が、命を守る最大の装備になることを、ぜひ覚えておいてください。

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