THE MOUNTAIN CODE 100 山で死なない基礎知識 / 1章:装備の基本と選び方

1-10. “たった370g”が命を救う──ザックの底に入れておきたいセルフレスキュー装備

 MA-SAN
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「初心者だから、そんな本格的な装備はいらないでしょ?」
そう思っていませんか?
でも、山でのトラブルは“経験の少なさ”を狙うようにやってきます。
今回紹介するのは、たった370g
ペットボトル飲料1本分より軽い、でも命を守るために最低限持っていてほしい装備です。
高い技術がなくてもいい。
これさえ持っていれば、落ちない。止まれる。つながれる。
その装備をどう選び、どう使うか──
この記事では、誰でも実践できる“セルフレスキューのはじめの一歩”をお伝えします。

はじめに:軽くすることは目的ではない

登山やトレイルランでは「軽量化」がひとつの美徳のように語られます。
軽いほど楽に動けて、疲労も減り、パフォーマンスが上がる――それは事実です。
しかし、「軽くすること」が目的化してしまい、命を守る装備まで削ってしまう人が増えています。

本当に大切なのは、「軽さ」と「命」のバランスを見極める視点です。

事例1:尾根を下りすぎて戻れず滑落死したパーティ

ある登山者パーティが、予定していたルートから外れてしまい、降りてはいけない尾根をどんどん下ってしまいました。
「このまま行けば道に出られるかもしれない」――そんな焦りの中、気づけば崖のような斜面に入り込み、戻ることも進むこともできなくなっていました。

助けを呼ぶ手段もなく、身を確保する術もなく、手を伸ばして段差を降りていた時に事故が起こりました。最終的には2人ともが滑落して命を落とすことに。
それぞれ1本のスリングでも持っていれば、自己確保してその場に留まり、助けを待つという選択肢が取れたかもしれません。

事例2:電話越しの指示とスリングが命を繋いだ

別の登山者は、同じように下りすぎた先で道を失い、身動きが取れなくなってしまいました。パニックになりながらも、なんとか携帯電話で救助を要請。

「落ちそうな崖の上です!もう登れないし進めません、助けてください!!」

電話口に出た私は、まず冷静にこう尋ねました。

「落ち着いて聞いてください。ザックの中に、スリングやカラビナはありますか?」

幸い、その登山者は沢登りを始めたばかりで、先輩に勧められていくつか必要な装備を持っていました。私は続けました。

「素晴らしい!もう助かったも同然です、今から言う通りにしてください」。

私は電話越しに、近くのしっかりとした立木にスリングを回し、環付きカラビナで自分自身を繋ぐ「セルフビレイ」の取り方を丁寧に指示しました。言われた通りに体を固定し、絶対的な安全を確保できたことで、登山者はパニックから解放され、落ち着いて救助を待つことができたのです。

救助後、その方はこう語ってくれました。
「『ここにつながっている』という事実が、とにかく一番の安心材料でした。隊員さんから『大丈夫だから』と何度も声をかけていただき、ただスリングを握りしめて待つことができました。このスリングは、私の命を救ってくれたお守りです。一生の宝物として、これからも大事に山に持っていきます」

命を守るために持てる最低限の装備とは?

命を守る装備というと、ヘルメットやハーネス、本格的なロープなどを想像する人も多いかもしれません。
しかし、滑落や行動不能といったトラブルから身を守るための最低限の装備は、わずか370gでザックの底に常備できます。

  • 120-150cmダイニーマスリング:約100g
  • 240cmダイニーマスリング:約190g
  • 環付きカラビナ1枚:約80g

これだけで「落ちない」「その場に留まれる」という、生存のための最も重要な選択肢が生まれます。
これを削って数百g軽くしたところで、命が失われたら何の意味もありません。

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↑リンクは一例です↑

スリングは「ダイニーマスリング」が軽くて小さく持ち運びも容易です。そのうちの1本は長さは小柄なランナーや女性なら120cm体格の良い男性、登山などでたくさん上に着た状態では150cmが良いかと思います。

カラビナは環付きのオーバルタイプが使いやすく確実です。

また、登山用ではないファッションカラビナ、のようなものもあるので注意が必要です。
(例に挙げたものはさまざまな登山メーカーのものです。写真のものは細く見えますが新品でしっかり管理がされていれば22KN、2000kg以上の負荷に耐えることができます。)

心配ならば登山専門店などで、「ダイニーマスリング2本(120cmと240cm)と登山用のカラビナ1枚ください。」と話せば店員さんが見繕ってくれると思います。

おしゃれな帽子やTシャツがいちまんえん。
命を繋ぐ装備もいちまんえん。

遠征先の洗濯を干したり、仲間がばててしまった時に引いてあげることもできます。
これは高いか安いか??
決めるのはあなたです。


くるくるっ、と丸めてカラビナに繋ぎ、ザックの底へ。出番がありませんように、、、!

何かにつながっているという絶対的な安心感

人は「どこにもつながっていない」浮いた状態のときに、最も強い不安を感じます。
だからこそ、滑落しそうな場所や行き場のない場所で、「自分が何か(=地球)に確実につながっている」という感覚は、冷静さを保つための強力な心の支えになります。

逆に、つながっていないことで不安が募り、「なんとかしなきゃ」と焦って動いてしまい、かえって命を危険にさらす。
こうした例は、山岳救助の現場で何度も見てきました。

まとめ:知識と装備、その両方が命を守る

CODE 1-10: 装備の重さは、安心の重さ。知識の重さは、命の重さ。その両方を背負って、初めて山に立てる。

この掟を胸に刻み、以下の行動を徹底してください。

CODE 1:【知恵】装備は「使い方」の練習とセットで初めて意味をなす。
ザックにスリングとカラビナを入れておくだけでは不十分です。いざという時に焦らず使えるように、安全な場所で実際に木に結ぶ練習をしましょう。「セルフビレイ」という言葉と方法を知っているだけで、生存率は劇的に上がります。知識こそ、最も軽く、そして力強いお守りです。

CODE 2:【リスク管理】単独行・少人数こそ、安全装備を厚くせよ。
仲間が少ない、あるいは一人で山に入る時こそ、この370gの装備は絶対に削ってはいけません。万が一の時、あなたを助けてくれるのは、ザックの中の装備とあなたの知識だけです。リスクが高い状況ほど、装備を重くするのは、臆病なのではなく賢明な判断です。

CODE 3:【鍛錬】訓練は本番よりもあえて重く。それが強さと安全を生む。
普段のトレーニングから、このセルフレスキュー装備を携帯する習慣をつけましょう。その少しの重さが、あなたの心肺機能と脚力を鍛える素晴らしいトレーニングになります。そして本番のレースや登山で装備を最適化した時、体は驚くほど軽く感じるはずです。安全を確保しながら、より強くなる。これこそが、賢い登山者のトレーニングです。

興味があるチームや団体向けに安全講習会などを行っていこうと思います。

【番外編】覚えておきたい!スリング1本で簡易チェストハーネスを作る方法

特別な道具がなくても作れる「簡易チェストハーネス」の作成方法をご紹介します。一見難しそうに見えますが、手順を覚えれば誰でも作ることができます。いざという時のためのお守りとして、ぜひこの技術を覚えておいてください。

【重要】必ずお読みください:安全のための注意点

  • この方法は、あくまで緊急時に一時的な確保を得るための簡易的なものです。本格的なクライミングや懸垂下降に使用できる、認証されたクライミングハーネスの代わりには絶対になりません。
  • 作成したハーネスを使用する前には、必ず強度や結び目に問題がないか、十分に確認してください。
  • いきなり現場で試すのではなく、必ずご自宅や公園など、安全な場所で繰り返し練習し、手順を完全にマスターしておきましょう。

準備するもの

  • 120cm程度の長さのスリング 1本(今回はこの長さで解説します)

※スリングの長さによって、締め付け感やフィット感が変わります。ご自身の体格に合わせて調整してください。


チェストハーネス作成手順(5ステップ)

それでは、画像を見ながら手順を一つずつ確認していきましょう。左右どちらからでも作成可能ですが、今回は画像に合わせて「左腕から」通す方法で解説します。

※画像は後日追加します。

ステップ1:スリングを背中から脇に通す

まず、スリングを背中側に回します。そして、スリングの一方の端を左腕の下(脇)から、もう一方の端を右腕の下(脇)から、それぞれ体の前に持ってきます。胸の前でスリングが交差するような形になります。

【ポイント】
この時、スリングがねじれていないか確認しましょう。左右の長さをある程度均等にしておくと、後の作業がしやすくなります。

ステップ2:スリングを素通しして締める

次に、体の前で交差させる部分を作ります。左腕側から来たスリングのループ(輪)の中に、右腕側から来たスリングをそのまま通します(素通し)。そして、体にフィットするように、左右に軽く引っ張って締め付けます。

【ポイント】
この段階では、まだ完全に固定されていません。「この後、結びを作るための一時的な締め付け」と考えてください。胸の真ん中でスリングが交差するように位置を調整します。

ステップ3:結び目を作る(シートベントの要領)

ここが一番重要なポイントです。ステップ2で素通ししたスリング(画像では右手で持っている方)を、交差部分の下から上へと通し、折り返すようにループを作ります。これはロープ同士を結ぶ「シングルシートベント」という結び方と同じ要領です。

【ポイント】
難しく考えず、「下からくぐらせて、折り返す」と覚えてください。この折り返しが、ハーネスが緩まないための「ロック」の役割を果たします。

ステップ4:ループに通して締め込む

ステップ3で折り返して上に出てきたスリングの先端を、体の正面にある大きなループ(画像では左手で持っている部分)に上から通します。そして、スリングの末端をしっかりと引き、全体を固く締め込みます。

【ポイント】
全体重がかかっても緩まないように、ここで力強く締め上げることが大切です。結び目がきちんと締まっているか、指で確認しましょう。

ステップ5:完成!

これで簡易チェストハーネスの完成です。胸の中央にできた結び目の部分(ビレイループの代わり)に、安全環付きカラビナなどを連結して使用します。

完成後のチェックポイント

  • ハーネスは体にしっかりとフィットしていますか?(緩すぎると抜け落ちる危険があります)
  • 深呼吸ができる程度の余裕はありますか?(きつすぎると呼吸を圧迫します)
  • 胸の中心の結び目は、固く締まっていますか?
  • 全体重をかけても、結び目が緩んだり、形が崩れたりしませんか?

何度も練習して、いざという時に焦らず、確実・迅速に作れるようになっておくこと。その経験と知識こそが、あなたの登山をより安全なものにしてくれる、最も軽くて信頼できる「見えない装備」です!

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